1. 第二言語学習の成功は予測できるのか - 外国語適性
外国語適性(foreign language aptitude): 第二言語習得において重要な”認知的”能力
1.1. 現代言語適性テスト
現代言語適性テスト(Modern Language Aptitude Test=MLAT): ジョン・キャロル(John Carroll)らによって開発された、半年から1年程度の期間集中的に授業を受けることによって外国語を身につけられるかどうかを予測するためのテスト。
MLATは「外国語適性は生まれ持った才能のようなもの」という考えをベースに開発され、以下の4つの能力を測定する:
- (1) 音韻符号化能力(phonetic coding ability): 音声を認識・記憶し、単語と結びつける能力
- (2) 文法的感受性(grammatical sensitivity): 文中の語の文法的役割を特定する能力
- (3) 帰納的言語学習能力(inductive language learning ability): 与えられた言語情報から文法ルールを推測する能力
- (4) 暗記能力(rote memory capacity): 母語の単語と目標言語の単語の意味をつなげて記憶する能力
MLAT が作られた1950年代は、オーディオリンガル・メソッドが人気を集めていた。
1.2. 外国語適性の3つの能力
ピーター・スキーアン(Peter Skehan)が、MLATの測定能力をもとに外国語適性の重要な能力として以下の3つを提案:
- 音声に関する能力(auditory ability) ≒ MLATの(1)
- 言語分析能力(language analytic ability) ≒ MLATの(2), (3)
- 記憶力(memory ability) ≒ MLATの(4)
MLATが作られた1950年代は記憶力=丸暗記能力ととらえられていたが、認知心理学(cognitive psychology)の発展により、記憶に対する考えが拡大した。
1.3. 短期記憶の役割
- 長期記憶(long-term memory): 長期間保存されている記憶
- 短期記憶(short-term memory): 数秒から数十秒の短い時間だけ保存する記憶
- 感覚記憶(sensory memory): 1-2秒間情報を保持する記憶。例:目を閉じると残像が一瞬残って消えるものは、視覚の感覚記憶。
感覚記憶の情報の一部が短期記憶に送られ、さらに短期記憶の情報の一部が長期記憶に送られる。
私たちの基本的な認知活動は数十秒間の短期記憶の働きに支えられている。こそあど言葉の解決、ストーリー理解など。
1.4. ワーキングメモリ
ワーキングメモリ(working memory): 情報を一時的に保持するだけでなく、保持した情報を処理する役割を担う領域。「短期記憶」における能動的な役割。
ワーキングメモリにはさまざまなモデルが提案されているが、最も有名なのはアラン・バッドリー(Alan Baddeley)のモデル。短期記憶に保持した情報に意識的に注意を向け、長期記憶に送る情報処理をするのが「中央実行系」。
1.5. ワーキングメモリと第二言語習得
ワーキングメモリ容量が大きいほど、より多くの情報を処理し、また効率的に長期記憶に送ることができる。ゆえに、ワーキングメモリ容量が大きいほど、第二言語もよりスムーズに進むと考えられる。
ワーキングメモリ容量が大きい人ほど、TOEFLのリーディングと文法セクションで高い得点を獲得していた。 ワーキングメモリ容量が大きい人ほど、第二言語の会話中の気づきが多かったと報告されている。
ワーキングメモリが外国語適性の重要な要因の1つであることがわかっているが、ほとんどの研究が音韻能力の測定に限られている。そのため、まだ研究に積み重ねが必要。
1.6. 適性と指導の相互作用
大切なことは、自分の得意な面、苦手な面を理解した上で、それぞれを伸ばす(または克服する)方法を実践していくこと。
適性と指導の相互作用(Aptitude-Treatment Interaction): 各自が持っている適性と指導方法をうまくマッチングさせることで、効果を高めようとする考え。
ピーター・ロビンソン(Peter Robinson)は、個人が持つ適性はさまざまな要素の複合体=複合適性(aptitude complexes)と考え、適性要素の組み合わせと指導方法を提案。一例として、リキャストが効果を上げる学習者は「第二言語と自分の言語の違いに気づく能力(noticing the gap)」と「発話を一時的に記憶する能力(memory for contingent speech)」に優れているとしている。
- noticing the gap: 「素早く知覚」し、自分と相手の発話の「パタンの違いを認知」する能力が必要
- memory for contingent speech: 「ワーキングメモリ容量」と「ワーキングメモリ速度」が必要
1.7. 外国語適性は変化しないのか
心理学者のキャロル・ドウェック(Carol Dweck)は、私たちのものの見方(マインドセット)は以下の二つに大別できると主張:
- 固定的マインドセット(fixed mindset): 人間の能力は変わらないと信じているものの見方
- 発展的マインドセット(growth mindset): 努力次第で変えることができると信じているものの見方
ワーキングメモリ容量はある程度遺伝的傾向があると考えられてきたが、ワーキングメモリの働きを改善する方法にも注目が集まっている。ワーキングメモリを輪ゴムに例えて説明している場合もある。つまり伸縮性があり、使い方次第である程度大きくできるということ。
2. 第二言語学習に向いた性格はあるのか - パーソナリティと第二言語習得
2.1. パーソナリティとは?
- パーソナリティ(personality): さまざまな場面において繰り返し起こる、感情, 思考, 行動の一貫したパタン
- 気質(temperament): 遺伝的に規定される性質
※ 類義語にキャラクター(character)もあるが、これは良い特徴というニュアンスを含んでいるため、中立的なパーソナリティという用語が一般的に使用される。
つまりパーソナリティとは、持って生まれた気質を土台とし、環境の影響を受けながら構築されるものといえる。
2.2. 外向性と内向性
パーソナリティ心理学のなかでも古くから注目されてきた特性:
- 外向性(extroversion): 心の指向性が外の世界に向いている。外向性が高い人ほど社交的で他者と一緒に考えることを好み、野心的で積極的に活動する傾向にある。
- 内向性(introversion): 心の指向性が自分自身の中の思考や感情に向いている。内向性が高い人ほど一人でじっくりと内省的に考えることを好む傾向にある。
外向性傾向を持つ人と内向性傾向を持つ人の間では、脳内の反応や働きの違いが遺伝的に異なっていると考えられる。生まれたばかりの赤ん坊にもすでに見られることがわかっている。
2.3. どちらが第二言語学習に向いているか
外向性が高ければ、他者と積極的にコミュニケーションを取ろうとして、結果的に高い第二言語能力を獲得するように思えるが、実際はもう少し複雑である。
Dewaele&Furnham(2000)の研究では、以下のように報告:
- プレッシャーのある状況では外向性の高い人たちが、より流暢に話すことができた
- ライティングにおいては、内向性の高い人たちが、より得意である
Ehman(2008)の研究では、インタビューテストでアメリカ人の外国語学習者の性格について調査し、以下のように報告:
- 「母語話者に近い」高いレベルの評価を受けた人たちは、「直感的(intuitive)で、論理的(thinking)で、かつ内向的な(introvert)学習者のタイプ」
2.4. ビッグファイブモデル
ビッグファイブモデル(Big Five Model)または5因子モデル(Five-Factor Model): パーソナリティの5大要素を測定するモデル。それぞれの特性の値を組み合わせることで、私たちの性格を多面的かつ全体的にとらえることができる。
| パーソナリティ特性 | 高い人の特徴 | 低い人の特徴 |
|---|---|---|
| 外向性(Extraversion) | 社交的、熱中しやすい、野心的、エネルギッシュ | よそよそしい、物静か |
| 神経質傾向(Neuroticism) | 情緒不安定、ストレスを受けやすい、心配性 | 情緒的安定、楽観的、人間関係に満足 |
| 誠実性(Conscientiousness) | まじめさ、計画的、自己管理、欲求をコントロール | 衝動的、不注意 |
| 調和性(Agreeableness) | やさしさ、信頼性、共感的、控えめ | 非協力的、敵対的、ねたみ、身勝手 |
| 開放性(Openness) | 知的好奇心が強い、創造的、新しいものに対する興味 | 保守的、現実的、慣習的 |
20歳ごろまでに形成されたパーソナリティは、一生を通じてあまり変わることがないと考えられている。
2.5. ビッグファイブと第二言語習得
研究から、多言語を使用している人は一般的に開放性が高い傾向があることがわかっている。
- Verhoeven & Vermeer (2002): オランダに移住した両親の子供達(11〜13歳)のコミュニケーション能力とビッグファイブを用いたパーソナリティ特性の関係を調査
- Bakalis & Joiner (2004): 海外留学では異なる生活習慣や文化に好奇心を持って積極的に吸収しようとするなど、開放性の高い人が高い英語力を身につけることを示す
- Ozenska-Ponikwia & Dewaele (2012): ポーランドからイギリスやアイルランドに移住した人たちを調査した研究で、開放性の高い人たちはより頻繁に英語を使用し、また自分の英語力に対する自己評価も高い傾向が見られた
- Dewaele & van Oudenhoven(2009): 移民としてロンドンで暮らす10代の子どもたちの性格について調査。英語しか使わないイギリス人の子どもたちに比べ、移民の子どもたちの方が高い開放性と文化的共感性があった。一方、移民の子どもたちは情緒的安定性が低い傾向にあった。
パーソナリティにおける遺伝的要素の比率は50%程度だといわれている。つまり、残りの50%は人生の初期に受ける経験が影響していることになる。
2.6. 物語としてのアイデンティティ
ビッグファイブモデルは明快に数値として示してくれるが、断片的であり完全に個人の本質を理解することはできない。 パーソナリティ心理学のもう一つのアプローチとして、個人のアイデンティティの形成をその人の主観的な物語の構築としてとらえるものがある。この方法では、さまざまな経験を一連のストーリー(ライフストーリー)として語ってもらうことで、個人のアイデンティティの特徴を質的にとらえようとする。
例:練習ではうまくいかなかったが、本番では実力を発揮して良い結果を得られた → 「本番に強い自分」というアイデンティティ
2.7. ニュー・ビッグファイブ
ニュー・ビッグファイブ(New Big Five): ダン・マックアダムズ(Dan MacAdams)が提案
- レベル1: ビッグファイブに基づくパーソナリティ特性
- レベル2: 特徴的な行動パターン
- レベル3: 個人的なライフストーリー
2.8. ニュー・ビッグファイブから見た第二言語習得
心理学や第二言語習得研究では自然科学的なアプローチを採用し、数字を使った客観的なデータ分析を重視してきた。しかし、本来「主観的」である心を客観的にとらえようとするには限界がある。ライフストーリーがどのように構築され、何をきっかけに変化し、再構築されるのかを観察することが、パーソナリティと第二言語の関係を理解するカギになっていくと考えられる。
感想・所感
研究の発展可能性
ワーキングメモリと第二言語習得の関連について、本書では「まだ研究の積み重ねが必要」とされている。2016年の出版以降、この分野でさらなる研究が進展しているはずであり、最新の知見を確認する価値がある。
適性と指導方法の関係性
「適性と指導の相互作用」の概念は、ワークプラン/プロセス問題と表裏一体の関係にあると考えられる。学習者が意識的に個人の適性に合わせて学習に取り組むことで、必然的に学習プロセスが個人差を生むのではないか。この観点から重要な課題となるのは、個人の適性をどのように計測・分類するかという問題である。適切な測定方法がなければ、学習者に最適なワークプランを提示することは困難となる。
アイデンティティ概念の多層性
本章で論じられる「アイデンティティ」は、6章で扱われた社会的アイデンティティとは異なる個人的・内省的なニュアンスを持っている。この概念の多層性は、第二言語習得研究における複合的なアプローチの必要性を示唆している。
学習環境設計への示唆
ニュー・ビッグファイブの第3レベル(個人的なライフストーリー)の観点から考えると、学習プラットフォームの設計において最も重要なのは、学習者にいかに肯定的な成功体験を提供できるかという点になる。継続困難な仕組みを提供することは、間接的に学習者の否定的なライフストーリー形成を助長することになり、長期的な学習動機に悪影響を与える可能性がある。