はじめての第二言語習得論講義

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第二言語習得は数年から数十年にわたる長期的な学習過程であり、その成功にはやる気を継続させることが絶対条件となる。本章では、第二言語学習における動機づけのメカニズムを、マクロとミクロの両レベルから体系的に検討し、持続的な学習動機をいかに維持できるかを探究する。

1. 第二言語動機づけとは

動機づけ(motivation): 何か選択するとき、行動を起こすとき、継続するときに人の心を動かすもの。

20世紀後半の第二言語動機づけ研究を主導したロバート・ガードナー(Robert Gardner)は、動機づけを認知・情緒・努力を統括するエンジンセンター(engine center)と呼んだ。動機づけが高ければ、認知・感情をコントロールし、エネルギーを注ぎ続けて目の前の学習に集中して取り組むことができるということ。

1.1. アニメ『風立ちぬ』に見る動機づけ

略。

1.2. マクロとミクロの動機づけ

第二言語動機づけを理解するために、時間軸に基づく2つの層に分けて考える必要がある。マクロの動機づけは、個人の性格、社会的影響、過去の学習経験の蓄積など、様々な要因の組み合わせから形成される特性的な動機づけである。これは長期間にわたって徐々に形成されるため、短期的には変化しにくい性質を持つ。

一方、ミクロの動機づけは、学習者を取り巻く環境、体調、気分などの影響により刻一刻と変化する状況的な動機づけである。同じ学習者であっても、その日の気分や学習環境によって、英語を学ぼうとする意欲は大きく変動する。

重要なのは、これら2つの動機づけが相互に影響を与え合う動的な関係にあることである。長期間にわたる学習継続には、マクロとミクロの動機づけが適切なバランスを保ちながら、互いを補完し高め合う循環的なプロセスが不可欠となる。

2. どのような動機づけが第二言語学習に役立つのか - マクロレベルの動機づけ

2.1. 第二言語コミュニティとの同化を求めて - 統合的動機づけ

ロバート・ガードナーとウォレス・ランバート(Wallace Lambert)は、第二言語学習への動機づけが数学や社会など他の教科とは本質的に異なる特殊性を持つと論じた。言語学習は単なる知識習得を超えて、異文化コミュニティとのアイデンティティ形成に深く関わるためである。

彼らは動機づけを2つの類型に分けて考察した。統合的動機づけ(integrative motivation)は、特定のコミュニティに対する親和的感情から生じる学習動機である。例えば、英語圏の文化や人々に魅力を感じ、彼らとより深くつながりたいという願望から英語を学ぼうとする姿勢がこれにあたる。対照的に、道具的動機づけ(instrumental motivation)は、より良い就職機会や高い給与獲得など、実用的・功利的な目的から生じる学習動機を指す。

2.2. 自分で決めたから頑張れる - 内発的動機づけ

統合的動機づけは第二言語習得分野で生まれた理論だが、心理学における動機づけ理論も第二言語習得に導入されている。なかでも、エドワード・デシ(Edward Deci)とリチャード・ライアン(Richard Ryan)の「自己決定理論(Self-Determination Theory)」は、第二言語動機づけ研究に大きな影響を与えた。

自己決定理論は、行動を自ら選択し決定することで、動機づけが自分の内部から湧き出ると考える。具体的には、学習に対して自律的(autonomy)であり、自分はその学習を達成できる力を持っているという有能感(competency)を持ち、さらに他者との関係性(relevancy)を重視するときに、こうした自己決定的な行動が最も生まれやすいとしている。

以下は、自己決定理論の中心概念:

  • 内発的動機づけ(intrinsic motivation): 内面から湧き出る喜びや満足を求めて行動
  • 外発的同期づけ(extrinsic motivation): 外部から与えられた報酬や目的を達成する手段として行動

2.3. グローバル時代の動機づけ - 国際指向性

20世紀終わりから、統合的動機づけや内発的動機づけだけでは必ずしも学習者の動機づけを説明できないと多くの研究者が考えるようになってきた。

  • 国際指向性(international posture): 国際問題に関心を持ち、海外の人たちと交流したいという日本人に特徴的な姿勢のこと。矢島智子(Tomoko Yashima)は、高い国際志向性を持っているほど、動機づけが高く、また高い英語力を身につけていたことを報告している。

ゾルタン・ドルニィエイ(Zoltán Dörnyei)は、これまで伝統的に重視されてきた統合的動機づけを、第二言語コミュニティへの同化という狭い意味ではなく、もっと広い概念として再定義する必要性を感じ、「理想とする第二言語使用者としての自己」を提唱した。

2.4. 自分の将来像をどのように想像するか

学習者の動機づけを理解するうえで、自己概念(self-concept)の役割は極めて重要である。自己概念とは、自分自身の性格や能力に関する認識の枠組みであり、どのような行動を選択するかに決定的な影響を与える。

この自己概念と行動の関係を解明するカギとなるのが、「可能性のある自己イメージ(possible selves)」という概念である。“selves”と複数形で表現される通り、自分という存在は単一ではなく、様々な顔を持つ複合的なアイデンティティとして理解される。これらは将来実現し得る「可能性のある」自己の姿を表している。

Possible selvesは3つの次元から構成される。第一に、現在の延長線上で到達する可能性が最も高い将来の自分(what we might become)がある。第二に、努力によって到達したいと願う理想的な自分の姿(what we would like to become)である。これは現状では困難だが、努力次第で実現可能な将来像を表す。第三に、回避したい最悪のシナリオとしての自分(what we are afraid of)が存在する。

心理学者のアン・ルボロ(Ann Ruvolo)とヘーゼル・マーカス(Hazel Markus)は、成功をイメージしている学生の方が良いパフォーマンスをしたという結果を報告。つまり頭の中でどのような将来像を思い描くかによって、現在の自分の動機づけと行動に重要な影響を与える。

  • 自己不一致理論(self-discrepancy theory): ドニー・ヒギンス(Tony Higgins)が提唱。私たちは自分の将来の姿と現在の姿とのギャップ(不一致)があるとき、なんとかそのギャップを埋めようとする衝動に駆られて行動する。

2.5. 第二言語動機づけの自己システム

ドルニィエイは、統合的動機づけや自己決定理論などの従来の動機づけ研究を統合し、より包括的な枠組みとして「第二言語動機づけの自己システム(L2 Motivational Self System)」を提唱した。このシステムは3つの主要構成要素から成り立っている。

第一の構成要素は「理想とする第二言語使用者としての自己(ideal L2 self)」である。これは学習者自身が心に描く理想的な将来像を表している。例えば、スティーブ・ジョブズのように聴衆を魅了するスピーチに憧れ、英語のネイティブスピーカーのような流暢さを理想とする学習者の姿勢がこれにあたる。

第二の要素は「あるべき第二言語使用者としての自己(ought-to L2 self)」であり、周囲から期待されている(と学習者が認識している)将来像を指す。これは他者の期待や社会的圧力が自己イメージに投影された状態である。例えば、周囲が英語学習を重視しない環境にいる学習者が、その圧力に屈して「英語ができない自分」を将来像として内面化してしまう場合などが該当する。

第三の構成要素は「第二言語学習経験(L2 learning experience)」で、日常的な第二言語学習に関わるあらゆる体験を包含する。授業での学習、個人的な勉強、職場での英語使用など、学習者が実際に体験する具体的な学習状況すべてがここに含まれる。

理想的な将来像と他者から矯正された将来像は互いに影響を与え合う。例えば、「英語ができるようになりたい」という理想像を持ちながらも、「周りの英語を勉強しない」圧力に屈指してしまい、理想像を失ってしまうこともある。

一方から他方へ変化することもある。例えば、最初は会社から求められて英語を学習していたのが次第に面白くなり自分の理想像となるパターン。あるいは、最初は英語を身につけたいと思い大学で英語攻することにしたけれど、途中で挫折してしまい、今では卒業のために必要最小限の勉強をしているケースも考えられる。

日常的な経験は、2つの自己イメージに影響を与える。 例えば、小学生がプロ野球選手に実際に指導してもらう機会があると歓迎してやる気が高まるように、日常の中で強烈な経験をすることが明確な理想像の強化につながることも考えられる。反対にもともとあった理想像が日々うまくいかない経験を繰り返すことで次第に失われていく場合も考えられる。

3. 動機づけはいつも変化している - ミクロレベルの動機づけ

いくら立派な理想像を持っていても、それがミクロの動機づけに働きかけない限りはあまり意味がない。

3.1. 第二言語動機づけのプロセスモデル

ドルニィエイとオットーは、第二言語動機づけにおけるマクロとミクロの関係を考えるために、プロセス・モデル(process model)を提唱:

  • 選択の動機づけ(choice motivation): 実際に活動を始めるまでの動機づけ
  • 実行の動機づけ(executive motivation): 活動中の動機づけ
  • 動機づけに関する振り返り(motivational retrospection): 一連の活動が終了したあとの振り返り・自己評価

思い描いた理想を達成するため、手段として何かしらを選択するまでの行動に関わるのが「選択の動機づけ」になる。 しかし、実際に実行する段階になると、思い描いた理想や目標よりも、自分の気持ちと行動をコントロールすること(実行の動機づけ)の方が重要になる。 つまり、「選択」と「実行」の動機づけでは、まったく異なる心の働きをしているといえる。

一連の活動が終了すると、「動機づけに関する振り返り」の段階に入る。ここでの自己評価が、将来似たような活動を選択するときに影響を与える。

3.2. マクロとミクロの接点 - 夢を実現するための6つの条件

ドルニィエイは、理想像(マクロレベル)を単に持っているだけでは学習行動に結びつかないと指摘し、理想像が実際の学習動機として機能するために必要な6つの条件を提示した。これらの条件の多くを満たしてこそ、理想像が日々の学習行動(ミクロレベル)を駆動する力となる。

まず、将来像が具体的で鮮明でなければならない。漠然とした「英語ができるようになりたい」という願望ではなく、どのような場面で、どのように英語を使っている自分かを明確に描ける必要がある。また、その理想像に実現可能性があることも重要である。非現実的すぎる目標は挫折の原因となりかねない。

第三に、理想とする自己と周囲から期待される自己(あるべき自己)の間に調和が保たれていることが求められる。内面的願望と外的期待の間に大きな乖離があると、動機づけの混乱が生じる可能性がある。さらに、理想像を定期的に思い出し、意識し続けることも不可欠である。

第五の条件として、理想像達成までの具体的なロードマップ(学習計画や段階的目標)を持つことが挙げられる。最後に、理想像が達成できない状態を避けたいという強い意志も、継続的な学習動機の維持に重要な役割を果たすとされている。

3.3. コミュニケーション意欲

コミュニケーション意欲 (willingness to communicate: WTC): ある状況において目の前の相手と積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢。

高いWTCを持っていれば、コミュニケーションの機会が増え、周りとの関係性が築かれ、自分のコミュニケーションに対する反応を得る機会も増え、結果的にコミュニケーション能力の向上につながる。

母語でのWTCは様々な場面である程度一貫していると考えられている。 その一方、第二言語のWTCは状況によって変化しやすいことがわかっている。 WTCに与える様々な要因を示したものが通称「ピラミッドモデル」。下の方から上に順に影響を与え、最終的には頂上のWTCに至る。モデルの下の方ほど変わりにくく、上に行くほど状況の影響を受けて変わりやすい要因を示している。

3.4. 「動的」動機づけの時代へ - 複雑系理論からのアプローチ

第二言語動機づけ研究は、理想とする将来の理想像などのマクロな動機づけだけではなく、学習している最中に働くミクロレベルの動機づけにも大きな関心を寄せている。 一方で、ミクロの動機づけはマクロの動機づけと相互依存的な関係にある。つまり、ミクロの動機づけのみを取り出して理解するだけでもまた不十分。

そこで、複雑系理論からの研究が大きな注目を集めている。複雑系理論は様々な要素がどのように影響を与え合い、全体のシステムを構築しているか、また時間の経過とともに要素間の関係性がどのように変化し、全体のシステムに影響を与えるかを説明するための理論的枠組み。

筆者らの研究紹介

筆者ら(Kyoko Baba, Ryo Nitta)の研究では、具体的な将来像を持つだけでなく、毎日の英語学習活動が将来の夢の実現につながっていると感じ、目の前の課題に取り組んでいた学習者が将来像の次第に具体化・専念化していった事例を報告している。

筆者らは、ミクロレベルの動機づけとして、「自己調整」サイクルが大切だと考えている。

自己調整(self-regulation): 学習者が自分に設定した目標に対して自分の行動をモニターし、また評価することで行動を調整する一連のプロセス。

筆者らは、毎週の英語授業における自己調整プロセス(ミクロレベルの動機づけ)と学習者の将来理想像(マクロレベルの動機づけ)との関係性を1年間にわたって調査した。

その結果、継続的に高い学習動機を維持し、実際に英語力向上を達成し、さらに将来の理想像も明確化していった学習者に共通していたのは、「目標設定→学習活動のモニタリング→自己評価」という自己調整サイクルを確実に繰り返していることであった。このサイクルがミクロレベルでの具体的な学習行動を支え、それがマクロレベルの理想像をより鮮明にし、さらにそれが次の学習サイクルへの動機を高めるという好循環を生み出していたのである。