Source: はじめての第二言語習得論講義 - 第5章
1. 頭の中の世界と人間社会の世界
1.1. 認知的アプローチ
認知的アプローチでは、第二言語能力の「能力」を「コンピタンス(competence)」と呼ぶ。コンピタンスと対になっているのが「パフォーマンス(performance)」。 認知的アプローチでは、主にコンピタンスに注目する。
- コンピタンス: 個々人の潜在的な能力。
- パフォーマンス:実際の行為。
例1:英語の英文法やフレーズを一通り身につけた。しかし、いざ話そうと思うと緊張して英語が話すことができなかった。
- → コンピタンス:英文法やフレーズを知っているので話すことができる(はず)
- → パフォーマンス:緊張してうまく話すことができなかった。
例2:普段は英語で話すことができる。しかし、体調が悪いときにはうまく英語を話すことができない。
- →コンピタンス:英語を話すことができる。
- →パフォーマンス:体調が悪い時にはうまく話せない。
コンピタンスは潜在能力なので純粋で安定的。パフォーマンスはさまざまな影響を受ける(コンテクストの影響をうける)ので流動的。
1.2. 認知的アプローチから見たコミュニカティブ・コンピタンス
(細かい内容なのでスキップ)
1.3. 社会的アプローチ
社会的アプローチでは、「第二言語能力」としてコンピタンスとパフォーマンスを区別しない。(認知的アプローチのようにコンピタンスに焦点をあてる、ということをしない)。 人間関係や文化・社会的な状況がどう変化したか、などについて着目する。
上述の例1で言えば、「緊張は話し方のどこにどのように現れるのか」「その場には誰がいたのか(緊張の原因となった要因はなにか)」「文化的な要因が関係していないか」といった点に着目する。
1.4. 社会的アプローチから見た第二言語学習 - 食習慣の例
社会的アプローチでは、言語学習を言語だけに限定せず、包括的にとらえるため「言語学習=社会学習」となる。 第二言語を学ぶことは、社会を学び、それによって学習者が変化することも含まれる。
2. 私のカナダ留学物語
著者の体験が語られている:
- 著者が留学先の指導教官と暮らすことになった。
- 著者は当初英語を話すのが苦手であり、かつ緊張してうまく話せなかった。
- 料理を担当するようになったり和食の文化を伝える過程で、著者の立ち位置(アイデンティティ)・人間関係が変化し、著者は急におしゃべりになった。
3. アイデンティティ理論と第二言語習得
アイデンティティ理論(Identity Theory): ボニー・ノートン(Bony Norton)が提唱した理論。「学習者のアイデンティティ」「第二言語学習への投資」「社会的コンテキスト」の3つの関係を説明しようとした。
3.1. 学習者のアイデンティティ
学習者のアイデンティティの前提:
アイデンティティは社会的なもの
外国人に自己紹介するときの例:「私は日本人で、XXという大学に通う大学生で、YYを勉強している」 → 日本というコミュニティ、XX大学というコミュニティ、YYを勉強するコミュニティに所属している、という社会的なポジションによって、“私”のアイデンティティが形成されている。
アイデンティティは多面的である
一人の人であっても、日本人でもあり、大学生でもあり、カフェのアルバイトでもある、という側面がある。 このため、一人の人について話す場合でも identity ではなく identities となる。
アイデンティティは変化する
大学を卒業するとか、所属部署が変わったとか、転職した、など。 アイデンティティが変化することによって、第二言語学習への投資に意味がでてくる。
3.2. 第二言語学習への投資とリターン
ノートン曰く、人が第二言語学習に投資しようと考えるのは、その投資によってなんらかの文化資本を得ることができるとわかっているから。
文化資本(cultural capital): 物質的あるいは象徴的なリソースのこと。社会学者のピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)が呼んだ。
学習者は、第二言語学習に投資することによって、アイデンティティの変化というリターンを得ることができる。例:「日本の大学からイギリスに留学し、イギリスの大学院卒業」
3.3. 社会的コンテクストと話す権利
話す権利は社会的コンテクスト(人との関わり、力関係)によって影響を受ける。学習者自身がその権利を主張することもできる。その主張をする力には、第二言語能力も含まれる。
感想・所感
AIを用いた第二言語学習支援において、アイデンティティ理論の観点を応用するとすれば、学習者の理想とするアイデンティティやコンテクスト(環境)を事前に把握し、それに応じてAIのペルソナを構築することが効果的かもしれない。そのためには、学習者の学習動機(motivation)を深く掘り下げるとともに、学習者自身のメタ認知能力を高めることが重要になると考えられる。