はじめての第二言語習得論講義 - 第3章
母語と第二言語はどのように影響を与え合うのか
文献: はじめての第二言語習得論講義
語用とコミュニケーションスタイルへの影響
第二言語の習得において、文法項目や語彙ではなく、より深い或いは広いレベルで母語の影響が現れる。主要な影響は情報構造とコミュニケーションの取り方に見られる。
情報構造への母語の影響
情報構造 (information structure) とは、文を作る際に情報をどのような順番で置くかという言語的特徴である。英語は「主語優勢言語 (subject prominent language)」と呼ばれ、主語がはっきりしていることと語順が文理解において重要な役割を果たす。
対して日本語は「主題優勢言語 (topic prominent language)」と呼ばれ、語順をかなり変えられる自由度の高い言語である。なかには、主題すなわちテーマが文の最初にくる総主文というケースがある。例えば、「魚は鯛がおいしい。」では”魚”が主語のように見えるが、実質的な主語は”鯛”である。
日本人が日本語の情報構造のまま英文を作ると、例えば「今日は天気が悪い」を「Today, the weather is bad.」のように主題を文頭に置く傾向がある。反対に、英語を母語とする人は日本語の主語ではないものを文頭に置くという情報構造になかなか慣れない。
言語による語用論の違い
語用論 (pragmatics) とは、依頼や謝罪をする際の表現など、コミュニケーションの取り方に関する言語的側面である。語用論が母語と第二言語で異なると、第二言語を扱う能力が高くてもディスコミュニケーションが発生する可能性がある。
例として、以下の2文を考える: A. その本を貸していただけませんか? (Could you lend me the book?) B. その本をお借りしていいですか? (Could I borrow the book?)
日本語では A. が比較的丁寧な言い回しとされるが、英語では B. がより丁寧な言い回しとなる。日本語では相手の手を煩わせることに焦点を当てる方が丁寧とされ、一方で英語では相手に決定権を委ねてお願いする方が丁寧とされるためである。
第二言語習得の積極的効果
相互依存仮説とリテラシーの向上
相互依存仮説 (Interdependence Hypothesis) は、ジム・カミンズ (Jim Cummins) が子どもの第二言語習得について提唱した理論で、通称「二山氷山理論 (Dual Iceberg Theory)」と呼ばれる。この理論によると、母語と第二言語能力には「共有基底言語能力 (Common Underlying Proficiency)」と呼ばれる共通の能力がある。
共有基底言語能力とは、認知・学術能力、読み書き能力、論理的思考能力といった能力を指す。つまり、母語でこの能力を高めれば第二言語でもこの能力を高めることができるという相互関係が存在する。
BICSとCALP:2種類の言語能力
カミンズは言語能力を以下の二種類に分類した:
基本的対人伝達能力 (BICS, Basic Inter-personal Communicative Skills):日常会話ができる言語能力
認知・学習言語能力 (CALP, Cognitive Academic Language Proficiency):テストで測定されるような、認知的スキルや学業成績に関わる言語能力
これらの能力が異なるのはコンテキストへの依存度である。BICSは会話において相手が存在し、表情やジェスチャーを見ることができるためコンテキストが豊富に存在する。一方、CALPは人によってばらつきが出ないように詳しく中立的に説明する能力で、話の内容や論理がしっかりしている必要がある。
カミンズによるBICSとCALPの発達調査では、移民の子どもとネイティブの子どもを比較した結果、第二言語学習者にとってBICSはネイティブレベルに近づきやすいが、CALPはネイティブスピーカーと比較すると伸びにくいという傾向が示唆された。これについてカミンズは、「共有基底言語能力は母語と第二言語で共通なのだから、母語のリテラシーを上げれば良い。そうすれば第二言語のCALPが上がる」と主張した。
感想・所感
この章は学びが多く、知識としても自身の思考としても積極的に文書化を図る価値がある。
負の転移 (negative transfer)・正の転移 (positive transfer) や対照分析仮説 (Contrastive Analysis Hypothesis)、有標性 (markedness) といった概念は知識として知っておいて損はないが、自分にとってはそれほど本筋ではないように思えた。
日本語と英語における情報構造の違いについては、感覚的には理解していたが、「主語優勢」と「主題優勢」という整理で言及されると腑に落ちた。なかなか英語の情報構造に慣れないのはそのためだったのか。
語用論については、コミュニケーションスキルが一定身についてくると感じてくるギャップのように思う。初学者段階では気にすることではなく、中上級あたりで意識するようになる領域だろう。初学者は知識として知っておき、後々慣れていけば良いのかもしれない。もちろん最初からできるに越したことはないが、学習の優先度としては低いと考える。
共有基底言語能力については、子育てという観点で考えさせられる。なんでもかんでも英語に置き換えてはダメだということである。日本語が母語である以上、日本語を決しておろそかにしてはいけないし、全てを英語に置き換えようとしてはいけない。言語能力の土台を伸ばすことの方が優先度が高いといえる。そうなると、インターナショナルスクールはどうなのだろうか。氷山の見える部分の言語能力は大きくなりやすいが、共有基底言語能力は伸びにくい環境といえないだろうか。